
平和は自由な対話、すなわち人権の尊重からはじまります。
大学正門に掲げられた「創價大學」の文字は、教育と人権の勝利を信じつつ対話を貫き通し、軍部権力の弾圧により獄死した「創価教育の父」牧口常三郎先生の筆によるものです。いかなる圧迫にも屈せず、民衆のために声をあげること。これこそが創価教育の魂だと私たちは信じます。
現在、9割の憲法学者が「違憲」と判断している安全保障関連法案が、安倍政権により採決されようしています。私たちはガンジー、キングの人権闘争の流れに連なる創立者・池田大作先生の人間主義思想を社会に実現すべく学び続けてきました。そこで培った人権意識を持つ者なら、声を上げるべき時は、今です。
私たち関係者有志は、創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え、安全保障関連法案への「反対」を表明します。
「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」(創立者・池田大作)
この言葉を深く心に刻み、「人類の平和を守るフォートレスたれ」との建学の精神を生涯堅持することを、ここに誓います。
―Manifesto(英語)―
Peace is founded on free dialogues ―in other words, respect of human rights.
The calligraphy of “Soka University” that is raised high above the main gate of our university is that of Tsunesaburo Makiguchi, “The Father of Soka Education” who passed away in prison under military suppression for his unflinching belief in dialogue and the victory of education and human rights. To never succumb under suppression and to speak up on behalf of the people, we firmly believe that these are the very soul of Soka Education.
At present, the Abe government is pushing to enact the security bills, which are regarded as unconstitutional by 90% of constitutional law scholars. We have continued to study with a goal to realize the humanitarian ideals of the University Founder, Dr. Daisaku Ikeda, who himself has succeeded to the human rights struggles of Mahatma Gandhi and Martin L. King Jr.. For those who imbibed these human rights ideals, now is the time to speak up.
As we ground our lives on the ideals of the Founder, Dr. Daisaku Ikeda, we, his students in the Soka academic community, express our opposition to the security bills.
“For what purpose should one cultivate wisdom? May you always ask yourselves this question!” (Founder, Dr. Daisaku Ikeda)
With these words engraved deep in our minds, we vow to uphold the University’s founding ideal, “Be a fortress for the peace of mankind” for our entire lives.
カラヤアン大学学長 ホセ・V・アブエバ博士からのメッセージ
広島および長崎への原爆投下が
1945年8月14日に第二次世界大戦を終結させたのを忘れない
論評
ホセ・V・アブエバ
8月9日、日本の人たちは、1945年にアメリカ空軍によって広島と長崎に投下された原子爆弾について平和祈念式典を挙行しました。 広島は8月6日に、長崎は8月9日に投下され、延べ20万人もの人々が亡くなり、両都市はそれぞれ壊滅したのです。 これにより、日本は1945年8月14日にアメリカへの降伏を余儀なくされ、第二次世界大戦が終結しました。 このことが、日本によるフィリピン占領を終わらせたのはご承知のとおりです。
長崎では、原子爆弾投下から70周年を迎えで開催された平和祈念式典に際して、75カ国から代表者が出席しました。原爆の生存者や長崎市長の演説は共に、安倍晋三首相のプランを批判しました。それは、もし日本の「平和憲法」が修正されるとしたら、日本が取り得る軍事行動の縛りを緩めてしまうものだという内容です。
この祈念式典で田上富久長崎市長は、平和宣言を発表しました。市長は、自衛権を制限する憲法の条文を変えようとする安倍総理の法案について 「不安と懸念が広がっています」 と述べたのです。 日本の人たちの60%が日本の平和憲法の変更に反対しています。
韓国、台湾、中国、そして東南アジアで日本の侵略や占領の犠牲となった数限りない人々が、残忍な日本の統治の下でどれほど苦しんだのかを記憶しています。
<ある家族の悲劇と和解の記録>
第二次世界大戦および日本の占領中、ボホール島にいた私の両親は、日本への降伏と協力を拒み、島の地下政府で働きました。1944年にマッカーサー元帥の解放部隊がレイテ島に上陸する直線、山岳地帯のゲリラ拠点で私の両親は日本兵に捕まりました。投獄、拷問の末、1944年10月22日、両親は処刑されました。私たち7人の子どもは、戦争が終わったときには孤児となったのです。
皮肉なことに、30年後の1977年から1987年にかけて、私は東京の国連大学で働き、そして平和国家としての日本と和解したのです。偶然にも時を同じくして、法王ヨハネ・パウロ二世も特別講師として広島の国連大学に来ておられ、そこで妻共々、法王とお会いしました。私がひざまずき腕にキスをしようとすると、法王は私を立ち上がらせ、『神様はあなたの家族を愛しておいでです』 と祝福してくださいました。
<もう核兵器と核戦争はいらない>
長崎の式典での挨拶で、安倍首相は、「日本は核兵器のない世界の実現を引き続き求める」と表明しました。 潘基文(バン・ギムン)国連事務総長は、「長崎を最後にしなければならない。私たちは将来、核兵器の使用を許してはなりません。その人道的な影響はあまりに大きすぎるからです。 ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒロシマ!」 と述べました。(※キム・ウォンス軍縮担当上級代表代行が代読) 私は「不殺生」と平和の考えを、フィリピンおよび世界と、共有したいと思います。
<なにひとつ欠けない平和を私たちは求めます>
友とすべての人とのつながりにおいて
私たちは当然の権利として、なにひとつ欠けない平和を求めます、
きまりを守り、約束をまもり、おたがいをみとめあう心で
わたしたちのくにでも、世界のどこでも
ころすこと、きずつけることを終わらせましょう
ああしたいとか、こうしなさいとか、
あのひとが上だとか、あのひととはちがうとか、
まずしい人がよわいとか、つよい人が正しくないとか
どんな理由でも、聞いてわからない理由でも
私たちが求める平和は
人をしなせる武力や、からだへの暴力がないこと
それをはるかに超えたところにあります
それは「誰もがころさない、誰もころされない世界」です
そこには、ころすことも、拷問も、こわすことも、まずしさも、いじめもない。
それこそが自由から生まれる、おだやかな「みのり」であり、
正しいことをしようとするこころと、前にすすむ勇気がうみだすものです
お互いが、きまりと、ほんとうと、いのちをたいせつにする心を抱きしめて
そのことを私たちの憲法は語っています
平和とは
すべての人の、いのちと権利が
だいじにされ、尊くおもわれる社会
あらゆる宗教、そして文化を学んでいくなかで
平和とは
だれもがみんなの安全と無事を
自分の責任として、感じていること
ひとりひとりとして、社会のひとりとして
地域のひとりとして、世界のひとりとして
平和とは
みんなが、ひとりではないという喜びを
なかまたちと、こどもたちと感じあうこと
自然とも、神さまとも
そして平和とは
家族が手をつなぎ、たすけあって
こころが強くなること
おとなりとも、まわりのみんなとも、くにのみんなとも、世界のみんなとも
神さまもきっとのぞんでおられる
これがわたしたちの求める平和です
わたしたちの時代も、これからの時代も
いたわりあい、わかちあう
そんな民主主義のくにを、世界を
わたちたちはのぞみ、つくっていきたい
<地球規模での暴力的な紛争はよりいっそう進んでおり、核兵器の脅威が依然として残されたままです>
オーストラリア経済平和研究所での私の研究は、2010年度の世界平和度指数としてまとめられました。この指数は、世界149カ国を最も平和な国から平和でない国までランク付けしており、注目すべきことは、日本は世界で3番目に最も平和な国とみなされたことです。
この世界平和度指数では、最も平和な6カ国は、上位から順に、ニュージーランド(1位)、アイスランド(2位)、日本(3位)、オーストラリア(4位)、ノルウェー(5位)、アイルランド(6位)です。 2010年のこの指数では、フィリピンの平和度は130位と非常に低い報告で、149カ国中最低に近い調査結果でした。言い換えるならば、フィリピンは、世界で130番目に平和が少ない国で、または19番目に危険な国であることになります。
2015年世界平和度指数では、南シナ海は依然として政治的紛争の可能性がある地域であり、中国、フィリピン、ベトナムなど論議に巻き込まれている全ての国々に対する評価が低下しています。 西フィリピン海におけるさらなる小規模な軍事的衝突の可能性は高いかもしれないが、大規模な戦闘に発展するまでは依然として考えられません。ミンダナオ島における紛争のおかげでフィリピンの平和度指数は141位となり、北朝鮮は153位となっております。
<安保関連法案に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会
(SACAUSB)への公開書簡>
皆さんの行動と基本的立場を全面的に支持します。あの法案は違憲であり、9条の第一項第二項に違反しているだけでなく、両項がその根拠としている基盤全体を破壊するものであり、日本を70年前に戻してしまうものです。私は、平和の党だったはずの公明党に深く失望しています。公明党が支持している法案は、「集団的自衛」という誤った方向性のもとに、現在の世界で最も好戦的な国家と同盟するためのものです。これは日本を危険な軍拡競争へ引きずり込み、いとも簡単に戦争へ向かわせるものであり、世界で最も好戦的な国家と共同歩調をとることで、日本を自ら選択していない戦争に巻き込むものです。
それよりも、公明党、創価学会、学術者の皆さん、そしてすべての皆さんが、日本全体として、根源的な矛盾の解決にとりかかるべきです。そして現実の積極的平和を北東アジア地域に作り上げるべきであり、それは北東アジア共同体となるでしょう。
私の古くからの友人である池田大作氏に呼びかけます。池田氏と私は平和についての対談集を出版し、多くの言語に訳され、創価学会と公明党の指針にもなってきました。その公明党は現在では好戦的な自民党と連立しています。紛争の解決や和解にはなんの役にも立たない破壊的戦争とは明確に一線を画し、九条を北東アジアの「平和の傘」とされんことを。
ヨハン・ガルトゥング
平和・開発・環境のためのネットワーク
トランセンド・インターナショナル創立者
私は皆さんの心配を理解しています。それは日本の皆さんの多くが責任を負っている法律の制定についてです。日本国憲法第九条の解釈変更、あるいは改憲を企てている安倍総理によって、立法が行われようとしています。これは、日本の戦闘への参加を可能とするものです。
日本の平和憲法を守ろうとする皆さんの強い願いに、私も加わります。平和憲法は日本が戦闘に関与することを許していません。第二次大戦以降の日本の平和憲法への取り組みは、日本を21世紀における世界平和の卓越したリーダーとするものです。その未来へ拓かれた道は、池田大作氏が示してこられたとおり、対話と外交によるものです。それこそが、平和への道です。
私は池田氏と共に立ち上がります。平和のために立ち上がったすべての皆さんと共に立ち上がります。そして、日本の平和への取組みを変えようとしたり、弱めようとしたりするものに対して、これからも永遠に、反対します。平和は、私たちが関わるだけの価値がある、理想です。
日本国憲法の平和への取組みを護ろうとするすべての皆さんに、感謝申し上げます。
デイビッド・クリーガー
核時代平和財団 会長
私たちの大学の創立者・池田大作先生は、かつてアーノルド・トインビー博士との対談で次のように述べられています。
「自衛権は、対外的には、いうまでもなく、他国の急迫不正の侵略に対して、国家の自存を守る権利です。それは、対内的には、そして根本的には、国民の生きる権利を守るという考え方に根ざしています。すなわち、個人の生命自体を守るという、自然法的な絶対権の社会的なあらわれが国の自衛権というものであると思います。であるならば、その自衛権をもって他国の民衆の生命を侵すことができないのは、自明の理です。ここに自衛権の行使ということの本質があります。
問題は、あらゆる国が他国からの侵略を前提として自衛権を主張し、武力を強化しており、その結果として、現実の国際社会に人類の生存を脅かす戦争の危険が充満していることです。
しかし、この国際社会に存在する戦力に対応して〝自衛〟できるだけの戦力をもとうとすれば、それはますます強大なものにならざるをえません。それゆえ、武力による自衛の方向は、すでに行き詰ってきているといえましょう。」
聖教ワイド文庫 『21世紀への対話<中>』より
(英文該当箇所)